2024年5月28日火曜日

マクロの幸せとミクロの幸せ

知り合いと話していて、マクロの幸せとミクロの幸せの問題なんだと教えられました。

マクロの幸せ

戦前までの嫁道は、マクロの幸せを大切にする価値観で、嫁は自分の考えより婚家の考えに従うことを求められた。

結婚式に白無垢の衣装を着て、どんな色にでも染まりますというのもその現れ。

家制度もマクロの幸せを大切にする価値観で、家を存続させていくために、長男が全てを相続し、親の面倒も見る。

子供をうめない嫁は実家に帰され、別の嫁をもらって子供をもうけ、家を存続させる。

嫁を返さない場合は親戚から子供をもらう。

兄弟は平等という考えで遺産を分ける「田分け」をするのは、「たわけ=馬鹿者」であるという考えだった。

「田分け」をして自分家の田んぼが小さくなると、飢饉にあっても存続するだけのコメが取れない。だから「田分け」はしてはならないことだった。

野菜でも果樹でもたくさん実がなりすぎると小さい実ばかりがたくさんできてしまうので、間引いて立派な大きさに育つだけの量に調整する。

家を立派に存続させるのは、それなりにお金がかかること、だから資源を長男だけに集中させる。

おそらく国際金融資本などでも、同じ考えではないかなと思う。

企業を平等に分けてしまえば、一つの規模は小さくなり、競争力が失われる。


ミクロの幸せ

しかし戦後になり、法律が変えられ、家制度はなくなり、遺産分割において兄弟は平等となり、愛人の子にさえ平等に分けることになってしまった。

マクロの幸せよりも、ミクロの幸せを重要視するような風潮になり、そういう法律になった。

家全体の幸せのためにと姑に耐えていた嫁は我慢しなくなり家を出ていき、かつては離婚した女は生活していけなかったが、女性も外で働くようになり暮らしていけるようになった。

家の存続よりも自分の幸せ、自分がやりたいかやりたくないかが重要視される。

なので、子供を産みたくないという意思も尊重しなくてはならなくなったし、結婚したくないという意思も尊重しなくてはならなくなった。

法律が変わって人材派遣業が広まり、収入が少なく不安定な層が増えたために、結婚すると子供ができてしまうし自分以外の人を養わねばならないので、結婚をしない人が増えた。



地球全体でのマクロの幸せ

地球全体でマクロの幸せを考えると、人類が存続していくためには、人類は適正人口である必要がある。

環境汚染と食糧の量を考えると、今の人口は多すぎると思う。


全体がかつてのインディアンやアフリカの原住民のように狩猟採集生活を送るのであれば、環境は汚染されないが、一旦得たテクノロジーを手放すことはない。

全員がテクノロジーの恩恵に授かることは、環境汚染ひいては生物の絶滅につながるのでできない。



ミクロの幸せを考えると、結婚して子供を持つことが幸せであって、子供がいないまま死ぬのは耐えられないことに思える。

人間だけでなく、動物だって植物だって、命ある限り、増殖を目指すように埋め込まれている。


マクロの幸せとミクロの幸せのバランスをどうとるか。

もしも地球外に住むところを探さないのであれば、人類が存続していくためには、植物にするように間引くことが必要になる。

限られた人だけがミクロの幸せ、子供を持つことができる。

その限られた人をどうやって振るい分けるのか?



電気が長期的に失われた世界というビジョンを受け取ったことがある。

電気とガソリンのない世界。

2年間ぐらい一時的に電気とガソリンのない世界にすれば、適正人口にできるかも。